日常やネット小説の更新記録、商業小説のお知らせなどを書いています。
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2.
『わっ、何!?』
急に腕を引かれ、キサはびっくりしてグレイを見た。そして、グレイの横顔が険しい表情を浮かべているのに気付く。
『なんなの?』
意味が分からないけれど、グレイが警戒を露わにしていることは分かった。黒い目を静かに右に向けているので、キサもそれにならう。
「落ち零れのエスト君が、一人前に女連れか? 珍しいこともある」
「……カルソ殿」
グレイは低く呟いて、軽く眉を寄せた。
三十代程のこの男の名は、カルソ・バシリア=ローディーといい、紺色の衣装を身にまとい、眼鏡の奥の茶色の目には冷たい光を浮かべていた。
世界一の魔道師と自他共に認められている、グレイの師匠であるエルを一方的に敵視している魔道師だ。が、エルには歯牙にもかけられていないので、弟子であるグレイに嫌がらせをするのだ。お陰ですっかりローディーを嫌いになっていたグレイである。
(というかだ、それを知りながら放置するあの馬鹿にも腹が立つ)
エルの胡散臭い笑みを思い出し、グレイは黒い怒りが腹の底に沸き立つのを感じたが、無理矢理焼却してローディーと向き直る。
「ふん、相変わらず面白みの無い顔だ。少しくらい表情を変えたまえ」
「申し訳ない。あいにくと、この顔は生まれつきなもので」
傍目からはピクリとも表情が変わっていないので、それがローディーにはますます面白くないのだ。そう分かっているが、この頬の強固な筋肉についてはグレイ自身お手上げなので、どうしようもない。
グレイが軽く溜息をついた瞬間、ローディーは突然、魔法を放ってきた。
「!」
驚いたが、飛来してくる氷の礫を軽い動作で全てかわす。
「カルソ殿っ、こんな人の多い所でなんて真似を!」
「今、私を馬鹿にしただろう? 私は今、猛烈に機嫌が悪いのだ。付き合え」
「嫌に決まってるだろう!」
なんて理不尽な理由だ。
魔法を用いた訓練に付き合えという意味だろうが、これが一方的な虐めに過ぎないことをグレイ自身はよく分かっている。前に一度、それで病院送りにされたことがあり、グレイはカルソが嫌いだった。不思議と恐れは覚えないのだが、八つ当たりで他人を踏みにじる根性が大嫌いだ。
「……では、そちらの女性に相手してもらおうかな」
「なっ」
その言葉に気を取られた瞬間、ローディーは魔法で氷柱を出した。それがキサめがけて落ちていくのに気付き、グレイは荷物をその場に放り捨て、キサを抱えてその場を脱する。
『きゃああっ!』
キサが悲鳴を上げる。
「すまない、少し我慢してくれ」
グレイはすたっと近くの家の屋根に着地する。
そこへローディーが追ってくる。ローディーが右手に出した氷の棒を、グレイは右腕で防ぐ。ガン!と音がして、棒が弾け飛ぶ。
「……相変わらず、頑丈な身体をしていることだ。氷棒を素手で折るとはな」
「お陰で落ち零れだがな。体術では劣っていないぞ」
そう。武術はグレイに利がある。生まれつき身体能力も高いのだ。エズ国ではなんの得にもならないけれど。
「……グレイっ」
片言ながら、キサが不安そうにグレイの名を呼ぶ。
キサを降ろしてやりたいのは山々だが、それではローディーの餌食にされてしまうので、グレイはそのままキサを腕の中に抱え込む。
「大丈夫だ。あんたは責任もってちゃんと守る」
「………」
キサは首を傾げたが、大丈夫と言ったのは伝わったらしく、小さく頷いた。
「ふん。小虫程度が戯言を」
ローディーの目に冷たい光が浮かぶ。
「前から気に食わなかったのだ。お前の師匠もそうだが、お前みたいな屑が、何故、〈天辺の金〉の唯一の弟子なのだ?」
「さてね。あいつの考えてることなんて、小虫な俺には理解できないよ。エルはムカツクし、気まぐれだし、とにかく腹が立つ男だが、少なくともあんたみたいに他人を潰したりはしないからな、まだマシってとこか」
「……その口の利き方も、師匠譲りなのか? いちいち癪に障る奴らだ」
ローディーは右手にした杖を屋根の上に突く。
「ここに現れよ、氷の城の王よ!」
突いた地面に青白い光とともに魔法陣が浮かび、光が消えた後には、ローディーの身の丈の三倍はある氷の竜が鎮座していた。
「あの生意気な小僧を叩きのめせ! また病院送りにしてやる!」
「だあ、ちくしょう! エルの野郎、絶対ぶん殴る!」
弟子として拾ってくれたことには感謝している。だが、エルの名に付随して回る厄介事の方は御免だ。お陰で、元々武術には優れていたが、望まずとも研鑽されてしまっている。
最近では、魔道よりも武術で生計を立ててはどうかと仲間にからかわれるくらいだ。それを聞いて、意地でも魔道で生計を立ててやると奮い立った。
――いつか、絶っっ対に見返してやるっ!
グレイは内心で盛大に悪態をつきつつ、キサを抱え、身をひねる。頭ごと突っ込んできた氷の竜をかわし、その背に飛び乗る。そのまま背を駆け抜け、ローディーめがけて突進する。
「ちっ!」
ローディーは舌打ちし、杖を振るう。
瞬間、ヒュッと風を切る音がした。氷の竜の尾が鞭のようにしなり、グレイ達に襲いかかる。
「!?」
キサが息を呑む音がした。
グレイは咄嗟にキサだけは竜のいない場所に突き飛ばす。直後、腹に衝撃を感じ、空に跳ね飛ばされた。
「ぐっ!」
グレイはうめいたものの、尻尾だけは掴んでいて、宙でくるりと身をひねった。
「火よ、我が手に集いて、剣と成せ!」
そのまま落下の衝撃を利用し、氷の竜の背へと火の玉を浮かべた右手を叩きつける。
「グギャアアアア!」
竜は悲鳴を上げ、粉々に砕けた。キラキラと氷の粒子が空気中に飛び散る。
グレイは尻餅をついているキサの隣に着地し、荒い息をして、右手の甲で口元を拭う。切れた口端から血が出ていたのだ。
「ふふふ。相も変わらず、不思議な戦い方をする男だ。武術と魔法を組み合わせるとは、落ち零れならではだな」
「それなら、騎士も落ち零れということになる。俺だけならともかく、他の者を馬鹿にするのはよせ」
目線はローディーに据えたまま、グレイはそっとキサの腕を取り、立ち上がらせる。突き飛ばした拍子に怪我をしていないか気になったが、そちらを確認している隙がない。
屋根の下の通りでは、人々がざわざわと様子を見守っていた。しかし、誰も止めに入る者はいない。魔道師同士の争いなど、この国では日常茶飯事だ。それで一方が死んだとしても罪には問われない。何故なら、強い魔道師がいることこそが国の誇りだからだ。とはいえ、力量差が明らかである場合は止めに入ることもある。未来ある魔道師を潰されては、国も困るのだ。
「ハハハハハ」
グレイの返答を聞き、ローディーは突如笑いだした。
「本当に、生意気な奴だ。もういい。死んでしまえ」
カルソが低い声で呟いた瞬間、本気の殺意を感じとり、グレイの背筋がゾクリと震えた。
(なっ、なんなの、なんなのよ、これはっ! いかれてんじゃないの、この茶髪眼鏡!)
突然グレイに攻撃をしてきた男を、キサは混乱でいっぱいの状態で睨みつけた。
グレイが氷の竜を倒してしまったのにも驚いたけれど、それ以上に、男の異常な行動の方がびっくりだ。しかも誰も止めないってどういうこと!? ますますいかれてる!
キサを巻きこまないように、それでいて傷つかないように守ってくれているグレイが一番まともに見えた。
エルが言うには、グレイは魔道師としては最低、いわゆる落ち零れらしいのだが、性格はよっぽどまともとのこと。優秀な魔道師は一癖も二癖もある者が多いらしく、エル自身、自分は変わり者であることは認めているようで、召喚したのがグレイで良かったね、と言っていた。他の人なら異世界人なんて面白いと実験台にしてたかも、なんて爽やかな笑顔で付け足した時は一発平手をかましてやろうかと思ったけど。
「えっ」
キサは瞠目した。
何事かグレイと言葉を交わしていたローディーの周りに、突然、吹雪の混じった風が吹き始めたのだ。
キサの肩を抱えこんでいるグレイの手に力がこもる。彼の頬に冷や汗が浮かんでいるのに気付き、これは不味い事態なのだと嫌でも理解した。
「グレイ!」
キサはどうしたらいいか分からず、ひとまず逃げようと、グレイの服を引っ張る。
が、グレイはゆっくり首を振り、キサを背後に押しやった。
「グレイ、なんなの! 逃げようよ、危ないって! 死んじゃうよ!」
『ここで逃げたら、他の奴らに当たる。あんたは逃げてくれ』
何を言っているのか分からないけれど、キサの背中を軽く押すので、キサに逃げろと言っているのは分かった。
「やだよ、私だけ逃げるなんて! グレイ、死んじゃうってば!」
キサが腕を引っ張っても、びくともしない。
そうこうしているうちに、男の周りを渦巻いていた竜巻が大砲のように横を向いていく。立ち向かうグレイは、炎の壁を自身の前に出している。
キサは逃げたい気持ちと、動かない足と、逃げようとしないグレイを前に泣きそうになる。あんなもので対抗出来るわけがないと、魔法に詳しくないキサにも分かる。
冷気を伴う風が、光り輝く。
キサはグレイの後ろに立ちつくしたまま、絶叫する。
「いやああああ!」
光がグレイを貫くかと思った刹那、しかし、グレイの炎の壁が膨張し、光をそっくり呑みこんだ。
『なっ!』
何が起きた。男は瞠目し、膨張した炎の壁が渦を巻いて男に向かってくるのを見た。
『うわあああ!』
風で防御するも耐えきれず、炎に弾き飛ばされる。
そのまま近くの家の煙突に激突し、男は後頭部を打って気を失った。
「なっ、一体何が……?」
グレイは呆然と呟く。炎の壁は壁であり、氷雪の弾丸を呑みこむようなものではないのだ。
理解できない事態だが、後ろでキサが泣いている声に気付いて、慌てて振り返る。
キサはその場に座り込んで、目元に手の甲を押し当てて泣きながら、ヒックとしゃくり上げている。その彼女の体に赤い光がまとわりついている。
なんだろう。そう思った瞬間、すうっと光は消えてしまった。
(光はともかく、泣いてる。どうしよう)
何度も繰り返すが、グレイは女性に対する免疫がない。泣いている女の子を前に、すっかり怖気づいていた。だらだらと全身に嫌な汗が浮かぶのを感じる。
『キサ。大丈夫。もう、怖い、ない』
片言の竜語で、どうにかこうにかなだめてみる。
それでもキサは泣きやまず、グレイはおろおろしながら、助けを求めて周囲を見るが屋根の上には誰もいない。それどころか、鳥が馬鹿にするように鳴いて飛んで行った。
キサはボロボロ泣き、鼻をすすりながら、グレイの右腕を掴む。
『……グレイ、大丈夫?』
「え?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
『怪我……』
そう呟いて、グレイの切れた口元を指で示すので、そこで初めて心配されている事実に思い至る。
『大丈夫だ、これくらい』
グレイは昔から不思議と頑丈だったし、前に病院送りにされた時に比べれば、ほとんど無傷だ。
『ほんとに? ほんとのほんとに?』
疑う目で何度も問うてくるキサに、グレイは大きく頷いて、無事であることを示す。
そうすると、またもやキサの目が潤み、今度は大声を上げて泣き始めた。
『うわあああっ』
「キサ!?」
グレイはますます焦る。
まるで子供みたいだ。でも、安堵からくる泣き方だと分かっていたので、グレイは困り果てながらもそこにいた。
そもそも、怖がらせてしまったのはグレイのせいなのだ。いや、正確にはエルのせいなのだが。
結局、キサが泣きやむまで半刻近くそこにいた。
親を子供の頃に亡くし、あまり心配されるという経験のないグレイは、少しの気恥かしさと温かさを覚えた。次からはキサを巻きこまないようにしなくては。どうすれば降りかかる災難から彼女を守れるだろうか。
守る者を得た落ち零れの魔道師は、そう静かに考えを巡らせ、空を仰いだ。
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※ここまで書いて、筆を投げました。
2013年に書いてたものなので、いろいろと青い(笑)
この後、一緒に暮らすうちに情をはぐくむのですが、実はキサは竜の巫女として、竜国が召喚したのだけど、それをグレイが横取りする形になっていたことが、竜族により分かります。
巫女を探しにきた竜族に、キサが連れていかれてしまい、グレイが取り返しに行くんですが、実はグレイは竜族の血を引いていることが分かります。
巫女というのも、世界を支える柱の役割なので、人柱みたいなもの。キサにそんな真似させられるか! とグレイはブチ切れ。
ってとこまで考えてたけど、その後は不明なんだよなあ。たぶんグレイが竜体に化けて大暴れするんじゃないかな?