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没作品まとめたら読む人いるのかなーと思って、試しにここに置いてみますよ。
実は一度も表に出したことがないまま、お蔵入りした作品。
二章まで書いて、飽きてポイしました。
一応、ラストまで考えてはいたんだけどねえー。
異世界トリップものです。
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序章
「おはよう、寝ぼすけ師匠殿」
何とも無愛想な声音に、師匠と呼ばれたゲイク・オルスタンド=エルは目覚めた爽やかさのまま微笑んで返す。
「やあ、おはよう。出来損ないの魔道師君」
あっさりと嫌味を返したエルに、エスト・フェンディーン=グレイは一瞬物凄く殴りたい衝動に駆られたが、すぐに気を収めた。この師匠のこの態度はいつものことだ。毎回切れていては疲れるだけ。
だがしかし、言いたいことははっきり言わせてもらうことにした。
「しれじれと“おはよう”なんて返すな。もう日は天辺にまで達している。どうしてあんたは朝に起きないんだ」
起こすこちらの身にもなれと、付け加えるグレイ。
エルはさっさと立ち上がって洗面台の方に向かいながら、うそ臭い笑みを浮かべた。
「そりゃあ、素敵なご婦人方とお喋りに興じていれば、夜も早く過ぎ去ってしまうからね。寝るのが遅いからに決まっているだろう?」
「この女狂いめ」
「何か言ったかい? もてない地味男君?」
ちゃんと聞こえているだろうにそう返す師が、更に腹の立つグレイだ。
しかし例えだらしなかろうが、酒好きだろうが、無類の女好きだろうが、この男は〈天辺に立つ金〉とも呼ばれる天才魔道師なのだ。それが一番、世界の謎と思えてならないが。
とにかく、エルはグレイの師匠だ。魔道よりも身体を用いた武術に優れる、まさに出来損ないで落ち零れの為に、どの師にも就けないでいたグレイを気まぐれに拾い上げたある種の恩人だった。
しかしだからといって、性格だけはどうも尊敬に値しない。こいつから得られるのはまさしく魔道の知識と技術だけだろう。
(何がもてない地味男だ。くそ、人が気にしていることを……)
グレイは普段通りの無表情だったが、眉を少し寄せていた。黒髪黒目に加えて肌は褐色という彼は、普通にしていても表情が読みづらいというのに、性格上無表情なので無骨な感じのする青年だった。
見かけも地味で、服装も黒と灰色という目立たなさ、加えて基本真面目な性格が災いして地味さに拍車がかかっている。
顔立ちは悪くはない。むしろ良い方である。だが彼らの暮らすエズ国では、魔道に長ける男こそが格好良い男だという見解がある為、落ち零れのグレイはからきし色恋沙汰には無縁だった。そして無縁のままにもう二十三という歳になってしまった。ここまで来るとかなり寂しいものがある。
グレイは寂しさに浸りかけていたが、一々エルの言葉に気にしていられるかと思いなおし、バシャバシャと音を立てて顔を洗うエルを睨みつけた。
「朝食……いや、昼食はいつものテーブルにある」
そしてそれだけ言い残すと、自身は召喚術の訓練の為に庭へと出ることにした。
「くくっ、ほんとにまあ、損な性格だこと」
グレイの言葉に、エルはタオルで顔をぬぐった後、おかしそうに笑った。
エルの家の庭へと通じる扉は、空間を渡る魔法がかかっている。
だから普段暮らしている空間とは違い、庭だけは空の上にあった。そう言うとかなり語弊があるので付け加えると、空に浮かぶ浮島の一つに繋がっているというのが正しい。
オルヴィア大陸の北国エズの、その中でも北部の上空は浮島の群集地帯になっており、空をぐるぐると一定の速度で移動しながら小さな島が宙に浮いている。そこの一つの島が、エルの所有地だった。
浮島というのは非常に便利な魔法の訓練場でもある。
何せ空に浮いているのだ。例え魔法に失敗しようが周りに被害が及ぶ心配はまったくない。
グレイは大きく深呼吸すると、地面に白チョークで慎重に魔法陣を描いていく。これがなかなか難しいのだが、グレイにしてみれば魔力の操作よりはずっと簡単な作業だった。
今回練習するのは竜を呼び出す召喚式だ。そうはいっても子供の竜か小型竜しか呼び出せないのだが。それでも、いつも練習している動物召喚よりは少しばかり難しい。
グレイは陣を書き終えると、難しい顔をして陣を睨んだ。間違いがないか手元の本と見比べる。よし、大丈夫だ。
一人頷き、グレイは魔法陣の前に立ち、手の平を下にして両腕を陣へと突き出した。
そして、召喚の呪文を唱えた。
* * *
キサこと、鳥越貴紗はその朝とても急いでいた。
「まずいまずいっ、寝坊しちゃった! 電車に遅れるーっ」
まさか目覚まし時計が電池切れで止まっているなんて思いもしなかった。
「もうお母さんてば、起こしてくれればいいのにっ!」
キサが八つ当たり気味に廊下で叫ぶと、母親がひょこりと廊下に顔を出して反論する。
「今日は大学がお休みなのかと思ったんだから、仕方ないじゃない。あんた、起こすと怒るでしょ?」
「そうだけどっ、それでもよっ!」
「はいはい、分かったから急ぎなさい。本当に遅刻するわよ」
母親は仕方無さそうに言う。
「分かってる! じゃあ行ってきますっ」
「行ってらっしゃい」
母親の声に押されるようにして玄関の扉を開けたキサは、履きかけの靴もそのままに外へと出た。
その瞬間、何故か足元が沈む。
「え?」
予想外とは、まさにこのことだった。
次には身体が一瞬の浮遊感とともに下に引っ張られる―― つまり落下していくのを感じた。
その感じの気持ち悪さに、キサは無意識に悲鳴を上げていた。
落ちたと感じたその後、突然まぶしい光の中に出た。すると一瞬だけ身体が浮いたが、すぐに無情にもそのまま地面に落ちた。無論膝から、である。
一体何が起こったのかさっぱり分からなかったが、とにかく打ち付けた膝が痛んで無言のまま膝を押さえるキサ。
「いったーい。もう、なんなのよ一体っ!」
悪態をついて顔を上げ、ぎょっとして後ずさるキサ。
一体いつからそこにいたのだろう。褐色の肌をした黒髪黒目の青年が目の前に立っていた。彼は呆然とこちらを見下ろしている。
「ドアの前に立たないでよっ、危ないでしょ!」
膝の痛みと青年の出現に、キサはイライラと注意する。こっちは遅刻寸前で急いでいるのだ。
しかし青年はというと、少し困惑した顔をしただけで謝りもしない。
(ったく、こんな奴に構ってる暇ないわ! とにかく学校…っ)
目的を思い出し、膝の痛みに耐えて立ち上がると、手にした鞄を抱え直し、青年の脇をすり抜けて走り出す。
が、すぐに立ち止まった。
「……何コレ」
自身のアパートの廊下のはずのそこには、どういうわけか空が広がっていた。
「えーと……」
フリーズしかける頭をそのままに、キサはゆっくりと周囲を見回す。取り敢えず状況確認が先だ。
キサの右手にはこぢんまりとした灰色の石材の家があり、前方・後方・左には小さな庭のようなものが広がっている。そしてさっきの青年の足元にはチョークで描かれた魔法陣のような模様が記されていた。
キサはしばらくこれをじーっと見つめていたが、ふと馬鹿馬鹿しくなった。
「何だ、夢か」
よく見るのだ。遅刻しかけて飛び起きる夢。その手の類だろう。
こんな馬鹿らしい夢からはさっさと目覚めてしまおうと、キサは頬っぺたをつねった。
「む?」
しかし何度つねっても痛いだけで目が覚めない。
そのうちだんだん切れてきて、ついには頭を抱えて叫ぶ。
「一体なんなの、この夢はーっ!!」
そして叫んだことですっきりし、何となく原因だと思われる青年を振り返ってにっこりと笑い、問答無用で襟首を掴む。
「ねえ、ちょっといーい? この夢ってどうやったら覚めるの?」
青年は、キサが笑っているが本気で怒っているらしいことに気付いたらしい。唐突に頭を下げた。
『すまないっ!!』
「は?」
キサは相手の言葉が分からず、眉根を寄せる。しかし態度から申し訳なく思っているらしいことだけは分かった。
「まったくもう。夢の中の魔法使いならお爺さんがセオリーでしょうに何で青年だとか、普通夢なら言葉分かるだろ、とか突っ込みたいとこはたくさんあるけど。とにかくやっぱり言葉が最優先よね」
キサはぶつぶつと悪態をつく。我ながら妙な夢だ。
「そうよね。こういうのは大抵、空から落ちたら目が覚めるものよ」
そして一人で結論を出すと、青年を放っておいて庭の端に歩いていく。
『おい、危ないぞ!』
青年が何か叫んでいるが、言葉が分からないので気にもかけず、キサは変な夢だ変な夢だと首を傾げながら、大して考えもせずに庭の端から飛び降りた。
が、しかしその直前に青年に腕を掴まれ、引きずり戻された。
『危ないって言っただろ! 何やってるんだ、死ぬ気か!?』
物凄い剣幕で低い声で叫ぶ青年の姿に、ようやく何かがおかしいと感じ始めるキサ。
「だって、これ、夢でしょ?」
きょとんと訊くが、相手にもキサの言葉は分からないらしく、けげんな顔をされただけだ。
青年は何故かそこで溜息を吐くと、掴んだままのキサの腕を引っ張って、家の中に入っていく。
「なんなの、いったい」
まったくもって危機感のないキサは、引っ張られることが不快で険しい顔をしながら、仕方なく青年の後についていった。