日常やネット小説の更新記録、商業小説のお知らせなどを書いています。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
3
青年が出してくれたご飯は、パンを小さく切ったものに野菜と肉を加えて焼いたものだった。
「…………」
初めて見る料理に言葉を失くすキサに、青年はフォークを指して食べるように促す。
「ものは慣れよね………」
そう思い、恐る恐る料理を口に運ぶ。
そしてすぐに眉を寄せた。
「う……まずくはないけど、おいしくもない……」
自分の味覚がおかしくなったのかと思い、もう一口食べてみる。
「…………」
キサはどうも自分の味覚が悪いのではなく、青年の料理がただまずいだけだと気付いた。そっとフォークを机に置く。
『どうした?』
首を傾げる青年に、皿を押して食べるように促す。
促されるままに食べた青年は、無表情のまま目を反らした。
どうもまずいことに気付いたらしい。キサはキッと彼を睨みつけると、立ち上がった。
青年がぎくりと後ろに下がる。
「どうやったらこんなまずいものが作れるのよっ! 食を馬鹿にすんじゃないわよっ!!」
キサは食べ物に関しては並々ならぬ情熱を寄せている。好き嫌いはない。そして美味しい物が大好きだ。
青年の料理は料理ではない。ただの食材の無駄遣いだ。
青年はキサの言葉が分からないらしいが、キサがこの世界に来た当初よりも激怒しているのを感じたらしい。情けない顔をしている。
一方のキサはそんな青年には目もくれず、台所に向かった。
すぐに冷蔵庫のような箱や、野菜籠の中を勝手に検分すると、適当にいくつか取り出し始める。見たこともない食材ばかりだった。
慌ててついてきた青年が呆然とする前で、まな板に乗った包丁でどれもこれも少しずつ切って口に放りこみ、味を確かめる。調味料も全部そうやって確かめた。
そして難しい顔をして、しばらく食材を睨みつけていたキサであったが、すぐにフライパンのようなものを出し皿も出しと勝手に調理具を取り出し、カウンターに並べていった。
「よし!」
キサは一通りの準備を終えると、壁に引っ掛けてあったエプロンを引っつかみ、身に付ける。それから野菜を洗い、切っていく。何の肉かは分からなかったが、鶏肉に似た肉も切る。
次にフライパンを手にし、どこにコンロがあるか分からずきょろきょろとした。コンロでなくてもいいから竈でもないのか。
「火はどこなの!」
キサは立ち尽くしている青年を振り返り、フライパンを無意識に右手で振り回しながら問う。
青年はフライパンを目にしてどうにかキサの言いたいことをつかんだらしい。台所の奥に置いてあるテーブルを指差した。
「何?」
キサにはただのテーブルにしか見えない。天板の下はからっぽだ。普通の木製のテーブルにタイルを敷き詰めただけのものだ。
青年は仕方なくテーブルの前に行き、上部を指差した。よく見るとタイルに円状に文字が書かれている。それを指差し、円の手前の三角形の模様に触れる。途端に音もなく火がついた。
「すごっ!」
キサは目を見張り、まじまじとテーブルを見つめる。
そんなキサの前で、青年は大円から少し離れた右側に、縦に一列に並んだ小円を指し示すと、一番上に触れる。するとどうだろう、炎が大きくなった。次に青年の褐色の指が一番下に触れると、炎が小さくなった。
「なるほどね、そうするんだ。燃料がないなんて変なの」
キサはつぶやき、フライパンをその上に乗せた。後は普通に調理するだけだった。
「うん、おいしい! 食事はこうでなくっちゃ」
キサはにっこりして自分の作品を食べた。
「あんたも食べなさいよ」
思い切り戸惑って、もう一つの皿に乗った料理を前にしている青年にキサは声をかける。折角作ったのだから食べて貰わなくては困る。
青年は仕方無さそうに前の席に座ると、料理を一口分フォークで刺し、口に運んだ。そして目を丸くしてつぶやく。
『美味い』
それからぱくぱくと食べ始める。
「当然!」
青年の言葉は分からずとも、言っていることは何となく分かったので、キサは胸を張って言った。食通を舐めてもらっては困る。
空腹を満たしたことですっかり機嫌を良くしたキサは、今までになくにこにこと笑いながら食事を終えた。
腹が減っては戦は出来ないのだ。キサは頑張ろうと思った。大丈夫だ。目の前の迷惑張本人に無理矢理にでも協力させて、あの金髪男の鼻を明かし、自分の世界に戻ってやる。
「頑張るわよっ」
突然、拳を固めて気合を入れたキサを、青年は不思議そうに見る。
「あんたも協力してよね! よろしく」
キサが右手を差し出して握手を求めると、青年は絶句したようだった。
「何よ?」
キサはむっとして無理矢理青年と握手し、再びガッツポーズする。
『…………』
そんな、ある意味たくましいキサを、青年は唖然として眺めていた。
4
まさか握手されるとは思わなかった。
件の少女は一時期落ち込んでいたとは思えない程、今は一人で盛り上がっている。神経が図太いのだろうか。それとも空元気なのだろうか。どちらか分からない。
分からない、のだが。
グレイは顔に熱がたまるのを感じた。
この国では異性間での握手は婚約の意味があるのだ。
違う世界の者だから分からないのは当然としても、女性に免疫のない彼はすっかり上がってしまっていた。
もちろん肌の色と無表情のせいでそんな風には見えない。
(落ち着け。きっとこの女の国じゃ握手は挨拶程度のものなんだ)
動揺を抑える為、茶を飲み干す。
すると何とか動悸がおさまった。内心ほっとする。
それからグレイは改めてキサを観察してみた。
胸元まである黒髪と黒目。グレイとほぼ同じ色合いのものだが、肌の色は象牙色だった。
(白とは違うし、何だ、黄色に近いな)
この国では珍しい色合いの肌だ。エズ国はエルのような白い肌の人間とグレイのような褐色が多い。キサのような色合いは西方に多いと人づてに聞いたことがある。
(どう見ても異国人だが、美人だ)
エズ国では小柄な女性が美人とされている。だから間違いなく眼前の少女は美人の範囲だった。
例えキサが自分の国では平凡な一日本人で、むしろ地味な方だろうと、この国ではそうではなかった。当然だがグレイはそんなことは知らないのだが。
そんな彼の考えなど知る由もなく、キサは食べ終わった皿を集めて台所に運んでいった。習慣というものは恐ろしいもので、無意識にしてしまっている。
その余りの自然さに、思わずグレイもやらなくていいと声をかけるタイミングを逃した程だ。
キサは炊事場で皿を水に浸しながらふと思い当たる。
(よくよく考えてみると、私、ここであいつと暮らすってことなのかな)
同棲、という言葉が浮かんできて、少し顔を赤くする。
(嘘、どうしよう。生まれてこのかた十九年彼氏一人出来ず、知らない奴と同棲? でも他にどうしようもないわよね。見る限り、あの人そこまで裕福そうじゃないし)
もしかしなくても自分の存在は迷惑かもしれない。
しかしキサは思い直した。
(でも一番迷惑こうむってるのは私よ! 何をしょげる必要があるの? 迷惑料に宿と食費を提供して貰うだけのことよ!)
キサは大きく頷いた。
こうなったらあっちが不本意だろうと、鮫に寄生するコバンザメみたいに、無理にでもひっついていくしかない。そうじゃないと、言葉すら通じないこの世界で生活なんて不可能だ。
(そうよ、これは同棲じゃなくて、共生よっ。私はクマノミで、あっちはイソギンチャク。うん、我ながら良い考え方だわ!)
ある意味、キサはポジティブに考える天才だといえた。
皿洗いを終えてキサがリビングに戻ると、青年の姿はなかった。奥の部屋の扉が開いており、物を動かすような音が聞こえてきた。
キサがその部屋に顔を出すと、青年は何やら荷造りをしているようだった。
「何やってるの?」
キサの呼びかけに、本を運んでいた青年は顔を上げる。
それから困ったような顔をして、さっきテーブルに置いていた分厚い本を開いた。しばらく真剣な顔で本を見ていた彼は、本を見たままたどたどしく言う。
「ここ、俺、部屋。あんた、ここ、住む。俺、そっち、住む」
突然聞こえてきた日本語にキサは目を瞬いた。
青年の持つ本は語学の本というわけらしい。
そして彼はこう言いたいらしい。自分の部屋を渡すから、キサにここで暮らせと。そしてどうやら彼はリビングの方の部屋で暮らす気らしい。
確かに女の自分はそっちで暮らした方が都合が良いだろう。着替えなどで一々悲鳴を上げずに済む。キサはありがたくその申し出を受け入れた。
「分かった。ありがとう」
キサが言うと、青年は分かったらしい。小さく頷いた。
それから何もしないのもさすがに悪い気がしたので――何せ彼の自室を奪うようなものなのだから――キサも手伝うことにした。青年は相変わらず無表情だったが、邪魔扱いはせずに頷きを返してくれた。